延喜式内社。兵庫県丹波市青垣町東芦田2283鎮座。別名『蟻の宮』と称され、古来より病気平癒、子宝に恵まれる神社として崇敬されている。


ご由緒


ご 祭 神

  • 大日靈尊 (おおひるめのむち)
  • 天児屋根命(あめのこやねのみこと)
  • 経津主命 (ふつぬしのみこと)
  • 武甕槌命 (たけみかづちのみこと)
  • 仲哀天皇 (ちゅうあいてんのう)

ご 由 緒

当社は人皇14代、仲哀天皇(いまより約1800年程前)にお祀りになられた御社で、天皇が中国地方の穴門へ行幸の前年にこの地方の村民が流行病で難渋しているのをご心配になられ武内宿禰をお供としてお見舞いになり、この社に参拝され「病気平癒」を祈願され、お宮の名前を高座(たかくら)と名付けられました古社であります。以前は高座谷にありましたが、寛文10年(西暦1670年)にこの地へ遷座されました。延喜年中(西暦901年~923年)当郡式内社に列せられ、弘仁4年(西暦813年)嵯峨天皇より勅額を賜りました。しかし、古記・宝剣・勅額等は弘化3年(西暦1846年)別当観蓮失火のため惜しくも焼失してしまいました。現在の本殿は間口2間半・奥行き1間余り、四方に廻縁がある大宮ツマ造りといわれております。

本殿写真

また当神社は別名を『蟻の宮』と称えています。今を去ること夏おおいに旱魃の年、村民多数高座神社に参拝し七昼夜、雨乞いの祈願を致しました。七日目の夕方、村人の1人が大きな蟻が御社殿から這い出て、列を作っているのをみつけました。蟻の列をたどっていくと蟻が窪みの所で消えていなくなっていました。蟻が消えた窪みを掘り返してみると、清水がコンコンと湧き出てきました。村民は驚き感激して、溝を通し田に水をたたえ枯れかけた稲は青く蘇りました。この年、芦田の谷では豊作の年を迎えることが出来たのです。今日でも水路に水神様の祠を作り、お祭りを続けています。そして蟻は一度にたくさんの子を産み、子孫を繁栄していくと云うところから子宝に恵まれる『子授け神社』として古来より伝えられ、現在においても多くの人々が遠方よりご参拝されています。

蟻の宮石碑写真

又、境内社の馬鳴神社は『蚕の宮』といわれ氷上郡内の豊かな生活を求め、当社に参拝し「養蚕を始めよ。守護する神は保食神なり」と夢のお告げにて村民は驚き、広く養蚕を営むようになりました。ここに青垣の地方は蚕を飼うようになり、今日では「家内繫栄」や「金運上昇」、更には糸が紡ぐ「縁結び」の御社として参拝されております。

馬鳴神社写真

そしてそれらの証が『盃状穴』として残っています。盃状穴とは先人の人達が悩み、苦しい時神社に参拝し祈りを捧げさらに「願」を掛けて祈りました。手水鉢や灯篭の台石や階段の踏石等に「ノミ」で穴をあけ、祈ったと言われており、又、その穴に油を注ぎ祈ったとも言われております。石に盃状の穴が今日まで残り先人の深く篤い祈りの証であり、盃状穴(下部写真の赤い印)のある御社として御参拝下さい。

盃状穴写真
盃状穴拡大写真
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